私も一応プログラムを作っていた時代がある。プログラムと言っても様々なものがあります。
20歳の頃は自動制御と呼ばれる機器のプログラムで現在のような記憶装置などなく、リレーや真空管、ダイオード・IC等を組み合わせ作成するのである。アルゴルと呼んでいた気もします。つまり1か0かで電気的信号を制御し一定の条件で最終の目的のON・OFFを決めるものであった。
その後初期の汎用コンピュータのオペレータとなり当時はオペレータといってもコンピュータを操作するだけではなく、プログラムそのものを作りデバックし動かしデータを処理していたものです。
フローチャートを書き、コーディングシートに移し、パンチカードを作成する。デバックでは、パンチカードの穴を糊で埋めたりカッターで穴を開けたりする修正作業もありました。
あのパンチカードや紙テープの穴の列を見て英数を読めたのです。今でもある程度読めますね。
こんな作業をおおよそ20代後半まで続け、その後パソコンの原型が出始めプログラム言語もわかりやすくなってきました。COBOL・フォートラン・PL1・BASICなど会話的な言語として飛躍的にプログラムが作成しやすくなり、エンジニア個々の個性の発揮する範囲が狭くなってきました。
現在ではGUIでのプログラム開発ツールが主流であって、ここのコマンドや命令の内部までプログラマーの意思が入ることはなくなったと思う。
当時なら、この計算結果をメモリ空間のどの場所に書き込むかまで考え、少ないメモリの有効利用や処理スピードの工夫をしていましたが、現在ではこのような工夫はプログラマーでは不可能となり、この分野はプログラム開発ツールを作成する技術者の範疇になっている。
実際にはBIOSかOSの範疇になっており不可侵な領域かもしれない。
当時の私はプログラマー(SE)は芸術家だと生意気にも言っていました。同じ結果を出すシステムでも美しくスマートなものが求められると、エラーメッセージ一つをとっても、Windowsのエラーのような無責任・無機質なものでなく温かみのある使用者への気使いを感じさせ作成者の思いが伝わるようなものにするがモットーでした。(実際にユーモア的なものでしたが)
懐古主義ではありません
たしかに、現在の言語は昔の言語と違って膨大なステップをたった一つのモジュールやコマンド(命令)で記述できてしまい時間とコストを削減できました。このことによって技術の進歩に合わせて高速なプロセッサや大きな記憶装置を有効に活用し大きく素晴らしいシステムが短時間でできるようになっています。これは私も歓迎しています。
プログラマー35歳定年は否定しないが
私自身プログラムを作るのが楽しく、やりがいのある仕事だと思っています。しかし今では面倒だと思うほうが先になっています。
私の年齢55歳では集中力がやはり長続きしないのは否めないです。ただ、こうすべきとかああすべき、こうできないかああできないかと常に問題意識はなくならないのです。
一時期管理職になって自らプログラミングすることはなくなりその後のプログラム開発環境に関する知識から遠ざかってしまったため、今からプログラムを作れと言われれば「無理だ」と答えるでしょう。そしてそれが事実です。
管理職になったプログラマはどうなんだ
多くは、プログラミング技術や知識なすでに停止してしまっていると思われる人が多いと感じる。さらなる弊害は彼らの多くは、マネジメントと称し売上や経営に目を向け、納期を気にする。
「ものつくり」プログラムも「ものつくり」であると思う私にとって、このジレンマがさらにプログラマの若年定年に拍車をかけるのではと感じている。



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