いつもWebの情報など参考させていただき購読しているブログ「ホームページを作る人のネタ帳」さんが親父よ。あんたは幸せだったのかい?と題したエントリーをアップしていた。
なにげに読み出したら、止まらなくなり一気に最後まで読んでしまった。
私の父は存命だが、やるせなくなった。
介護が必要で施設に入っている、見舞いなどで月に何度か訪問する。
痴呆が進む母に比べまだしっかりしている親父だ。
「いつもこれなくても仕方ないさ、おまえたちも仕事があるしな」
そんな事を言っていたことを思い出した、きっと本心ではないだろう
寂しい思いをしているのだろう。
親父よ。あんたは幸せだったのかい?の記事を読んで、何かしなければと思う
そう できる限り会いに行こうと
もし、この記事にたどりついた人は、親父よ。あんたは幸せだったのかい?の記事を読んでみてください。



思わず涙です(泣)。
今年も毎年のように父の日はプレゼントを贈りました。
今年は父の日の前日に偶然母と京都にきておりましたので、
顔を見てプレゼントを渡すことが出来ました。
とても喜んでくれました。
傍にいられない分、モノで渡すことしかできませんが、
それでもこれからも精一杯のことをしていこうと思っています。
前の会社を退職してもなお、新天地で頑張っている父のことを
ふと記事を読んで思いだし、いつもながら父に言っていること
ですが、「カラダだけは大事にしてね」と
改めて伝えたくなりました・・・。
不覚にも目頭が・・・・・
読ませていただきました。私も父には何もしてません。
急に申し訳ないと思う気持ちがこみ上げてきました。いままでは照れくさかった?
いや、考えもしなかったのが正直なところです。私も親父です。子供たちが私をどうみてるのか、まあそれは子供を信じます。今年は子供と一緒に田舎に帰ろうと思います。
わたくしも同様、私が25歳の時に父親を亡くしてます。その時、同じ思いを持ちました。
「なんでもっといろいろ話をしなかったのか」とか「もっと時間を持てばよかったとか」。。。でもこれは仕方のないことだと思います。
なぜなら親子だから、説明のつかないものがそこにはあります。
でも、少しでもその時間が持てるのなら。。そういう時間を持つことはわたくしもお勧めします。
タンチョン
孫の顔を見せるのも親孝行ですよ(実感です)
それと2人が中がよいのもね!
りゅうさん
頼りがないのが元気な証拠って痩せ我慢なんですよね。自分に正直にって難しいです
ばんりゅうさん
そうでしたね、でもばんりゅうさんが今税理士としてがんばってる事が一番の親孝行なのだと思います。親子の時間を持つことって大切ですよね、子供が大きくなり家を出て、今度は孫をつれて帰ってくる。
せめて3世代を子供たちには実感してほしいと思っています。
この日記読ませて貰ってから暫く死んだ父の事を思い出していました。
父は明治生まれ、母は大正生まれ、歳の離れた兄弟4人は昭和生まれでしたから、特に父親は躾が厳しかった。
県下有数の進学校(現在松本深志高校)を卒業の父は、教育に関しては人一倍熱心でしたが、初めて生まれた長男を甘やかし過ぎた経験から、次男以降はほんとに厳しかったです。
正座させられ竹の物差しで膝を叩かれた事は何度もあり、悪戯だった長男は家の向かいにある墓場の石塔に縛り付けられた事もあったと聞きます。
あの当時は学校の先生も、近所の叔父さんたちも、悪いことをすれば、たとえ他所の子でも叱る、叩くの時代だったと思います。
今の子供が父親や教師や大人たちを軽蔑し馬鹿にするような時代ではありませんでした。
でも父親は一番怖かった。
ぽんたが父親を冷静に振り返る事が出来るようになったのは、大学を卒業したあたりからですかねえ。
身体ごとぶつかる親子関係は、鉄拳主義にせよ、そうでないにせよ必要だと今になって思います!
私たちの世代の親父は頑固・寡黙・一徹といった感じがありますね、その分思い出もたくさんあります。父親との交わりが今よりたくさんあった気がします。